2012年11月11日

横浜へ行ってきました♪ その2 中華街の門の話

前回、横浜中華街へ行ったと書きました。中華街と言えば、思い浮かぶのはあの大きな門という人も少なくないと思います。

現在、中華街には8種10基の門があるのですが、それについて調べたこともあわせて話のネタに書いてみます。

中国では現在でも風水思想は重んじられていて、建物を建築する時や引越しの方角などにも気を付けるようです。日本でも数年前から風水ブームがあったりで、方位方角を気にされる人も多いと思います。

この風水も元を辿れば、東洋医学と同様に陰陽五行思想がベースにあります。

古来、中国では王城を築く際に天文博士に天意を伺い、城内に入ってくる邪気を退け、服をもたらすために四方の牌楼(門)に守護神を配置し、城内の人々の安全と繁栄を願ったと言います。実際に四方には門番がいたそうな!

また、王城を築く際にもっとも良いとされた地相が四神相応と言われ、左方である東に流水のあるのを青竜、右方である西に大道のあるのを白虎、正面である南に平地のあるのを朱雀、後方である北方に丘陵のあるのを玄武としました。。

日本では京都がこの地相に当たります。平安遷都の際には地形が重要視されたということです。

中華街の話に戻りますが、中華街では中央の三国志に登場する「関羽」が奉られている関帝廟を中心に東南西北にそれぞれ東=青竜神、南=朱雀神、西=白虎神、北=玄武神を配置し中華街の繁栄と安全を祈願しているということです。

中華街で風水思想に基づいて立てられた牌楼は以下の四つのようです。
東:朝陽門(チョウヨウモン)
南:朱雀門(スザクモン)
西:延平門(エンペイモン)
北:玄武門(ゲンブモン)

朝陽門は青龍門とは名づけられず、「日の出を迎える門」ということで名づけられたそうです。
延平門はなぜ白狐門と名づけられなかったのかは調べましたが分かりませんでした。平安、平和が続くようにと「延平門」と名づけられたということは分かりました。

他の牌楼としては
○善隣門(ぜんりんもん)
中華街の大通りに位置する一番、有名な門が「善隣門」で、以前は「牌楼門」と呼ばれていたそうです。この牌楼が建つまでは南京町と言われていましたが、中央の看板に「中華街」と書かれたことから以後、中華街と呼ばれるようになったそうです。隣国や隣家と仲良くするという「親仁善隣」という言葉を掲げ、名称も「善隣門」に改め、現在に至るようです。

○西陽門(セイヨウモン)
西側の延平門より更に西に立てられた門で、一番、西の太陽に近いことから西陽門と名づけられたそうです。

○天長門・地久門(テンチョウモン・チキュウモン)
商売の神様である「横浜中華街關帝廟」がある通りを象徴する門だそうです。
○市場通り門(2基)(イチバドオリモン)
「中華街の市場」として大通りとともに中華街のにぎやかさを象徴した門。

以上、10基の門が中華街にはあるようです。風水思想にすべての門が基づいているのかと思ってましたが、そうではないようです。

風水もいろいろと流派というか考え方があるようですし、それぞれの門に風水の意味があるのかと思っていたのですけどね…

風水でよく八卦鏡が使用されますが、その方位などとの関連もあるのかと思いましたがそうではないようです。中華街の当南西北に配置された門が本当に東西南北の方位に位置するようには見えにくいようですが、中華街が周辺の道路に対して45度傾いた形をしているそうで、東南西北は街の角々になるようで、道に迷う人も多いそうです。まぁ、道の関係などで東西南北の方位とはズレもあるのかもしれませんしね。

ということで、また新たな知識の蓄積となりました。(^^)V

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posted by 鍼医Kまたはハリー at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | お出掛け日記

2012年11月10日

横浜へ行ってきました♪

11月9日(金)を臨時休診させていただいて、ちょっと横浜へ行ってきました。(^^)V

たくさん写真を家人が撮影したので、何回かに分けてご紹介!

本日は食べ物編ということで、8日のランチと晩御飯に連れて行っていただいた
横浜中華街の聘珍樓さんの写真を掲載します。

ランチは横浜赤レンガ倉庫内にあるレストランで食べました。

横浜で食事と言えば、やはり中華と洋食は外せないところということで、昼は洋食らしく、肉料理をいただきました。そして夜は中華料理!

牛頬肉の赤ワイン蒸しの画像
ローストビーフの画像
中華街の門の画像
聘珍樓さんの画像


中華街は神戸にも南京町にありますが、規模が全く違って、横浜中華街はスケールが大きいです。当然、右も左も分からないので、地元?のmちゃんに連れて行ってもらいました。ありがとうございました。

この聘珍樓さんは日本に現存する最古の中華料理店だそうで、創業はなんと1884(明治17)年だそうです。(@_@)

お味も確かで、お腹も満たされました。ありがとうございました。

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posted by 鍼医Kまたはハリー at 21:52| Comment(2) | TrackBack(0) | お出掛け日記

2012年09月06日

日本創世記伝説 伊奘諾尊神宮へ行ってきました。

本日は休診日でしたので、ちょこっとお出かけしてきました。(^^)V

3週間ほど前にも行ってきた淡路島に渡って、本日は伊弉諾神宮(いざなぎ神宮)を参拝してきました。

「古事記」「日本書紀」によると、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冊尊(いざなみのみこと)の二神が天上の「天の浮橋」に立って、「天の沼矛(ぬぼこ)」をもって青海原をかきまわし、その矛を引き上げたときに、矛の先から滴り落ちる潮(しお)が凝り固まって一つの島となった。これが「おのころ島」で、二神は、その島に降りて、夫婦の契りを結んで国生みを行なったとされています。最初に作ったのが淡路島で、その後、次々と島を生み、日本を作ったとされています。

 国生みののち、伊弉諾尊と伊弉冊尊は、この大地を守るべき神、国土、海原、自然の神々を生む「神生み」へと進み、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読命(つくよみのみこと)、素戔鳴命(すさのおのみこと)の三神を生んだとされています。

淡路島はそのような所で、伊奘諾尊神宮はすべての神功を終えた伊弉諾尊が、国家統一を天照皇大神に託して、幽宮(かくりのみや)を構え、余生を過ごされた故地とされています。

太陽運行図の画像

伊奘諾尊神宮のさざれ石の画像

伊奘諾尊神宮を中心とした太陽の運行経路をみると天照大神を奉る伊勢神宮が伊奘諾尊神宮の真東に位置し、素戔鳴尊を祭る出雲大社は夏至の太陽が沈む地に位置するようです。ちなみに夏至の日の出は信濃・諏訪大社で、冬至には熊野那智大社から、高千穂神社へと太陽が運行するそうです。

大昔にこんなに距離の離れたところで正確な位置がどうやって分かったのかは不思議ですが、実際にそうなっているのですから、すごいことなんだと思いました。世の中、不思議な事や知らないことはたくさんありますね。

さて、朝早くから出かけたので、参拝しても、まだ昼前でした。せっかくなので美味しいランチをと思っていたら、家人が「生シラス丼が美味しいとどこかのブログで書いてあった」と言うので、周辺の美味しいお店を検索しつつ、最終的にたどり着いたのは道の駅あわじ!(この前もここに来たんですが…)

生しらす丼の画像
海鮮漬け丼の画像

こちらで生しらす丼をゲットしたのですが、これがうまかったです。(^^)V
今日は平日だったので、大丈夫でしたが、週末などお客の多い時はすぐに売り切れてしまうそうです。
ふんだんに生しらすが載って、カボスかゆずの風味がするタレがかかっていて(たぶんですが(^^ゞ)、さらに海鮮の漬けが数種載って800円というのはお値打ちです。!

帰りに淡路玉ねぎなど、よい買い物も出来ました。
本日もパワスポ探索に美味しいランチでリフレッシュできて良かったです。ありがとうございました。


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posted by 鍼医Kまたはハリー at 20:17| Comment(2) | TrackBack(0) | お出掛け日記